可能性はミャンマーの時代へ ~No.1送り出し機関がのぞむ未来~ - DIVERSITY TIMES - 外国人の"今"を知って好きになる。

可能性はミャンマーの時代へ ~No.1送り出し機関がのぞむ未来~

2022.06.14

 

皆さま、こんにちは。DIVERSITY TIMESライターの齊藤です。
今回はミャンマー・ユニティで最高顧問を務められている北中 彰さんにお話を伺いました。
スリーイーホールディングスの代表でもある北中さんは、なぜミャンマーに注目されたのか、
そしてどのようにしてミャンマー・ユニティをNo. 1の人材送り出し機関に成長させたのでしょうか。
ミャンマーのこれからも含めてお聞きしました。

 

 
__北中さんご自身は1990年に起業されたとのことですが、その当時の事業内容は何でしたか?

北中 彰(以下「北中」):プリンターのカートリッジを扱っていました。22歳でコンピューター会社に就職したのですが、その当初から「カートリッジの値段が高すぎる」という課題を感じていたので、社内ベンチャーという形で始めました。

1990年に独立し、現在のスリーイーホールディングスを設立しました。この事業は現在も続けていますね。

 
__そこからビジネスの領域を国外へと広げていくことになったきっかけは何だったのでしょうか?

北中:カートリッジが国外だともっと安かったんですよね。それで輸入を始めるのですが、アジアとの関わりが多くなるので、2004年に香港に進出しました。

でも、データ化が進んでだんだん印刷する機会が減っていきます。その動きは15年くらい前から感じていて、カートリッジの需要が減っていくことは分かっていたので、もっと海外展開しようということになったんですね。そこでいろいろな地域を検討した結果、2012年に選んだのがミャンマーでした。

 
__なるほど。なぜミャンマーを選ばれたのでしょう?

北中:当時、ミャンマーはちょうど民主化した時期だったんです。鎖国状態のようだったミャンマーはASEANの中で一国だけ取り残されているような感じでした。それが急に開かれたということで、経済が急激に伸びることは間違いないと。そういった理由でミャンマーに決まり、実際に事業を始めたのが2013年です。

 
__事業内容ではなく、地域が先に決まったんですね。ミャンマーではまずどんな事業を展開されましたか?

北中:とにかくいろんな可能性に満ちている状況だったので、考えつくことはなんでもやっていました。レストラン・物販・貿易など…本当にさまざまなことをやってみましたが、その中で残ったのが、日本企業に対するコンサル事業の「3E YANGON」と、ミャンマー人を教育して日本に送り出す事業の「ミャンマー・ユニティ」ですね。

 

北中さんが最高顧問を務めるミャンマー・ユニティのHP(上記画面をクリックするとアクセスできます)

 
__多くの事業の中からその2つが残った理由はどのように考えていらっしゃいますか?

北中:そのころ日本では労働人口がどんどん減少し始めて、海外からの人が必要になるということが明らかになってきた時でした。同時に、それまであまり注目されていなかったミャンマーの特徴や良いところに目が向くようになり、人材豊富な国として注目され始めたんですね。

それまではベトナムから入ってくる人が多かったのですが、著しい経済発展に伴って日本で働きたいと考える人の数は減りました。

他の国を見ても、日本はだんだん「選ばれない国」になってきています。しかし、その中でミャンマーだけはちょっと違うんですね。

「日本で外国人材のニーズが一気に伸びた」ということと「ミャンマーが大いに期待できる国になった」という2つが噛み合って、今後ベトナムからの入国者数をミャンマーからの入国者数が上回っていくだろうと考えています。

 
__ミャンマーの方が日本に魅力を感じる理由というのは、賃金面なのでしょうか。

北中:そもそも今、外国で働きたい人が増えている理由は2つあると考えています。

ひとつは、ミャンマーは農業国なので、いい大学を出ても学歴に見合った職があまりないんですね。そういった状況が、今回のクーデターで余計にひどくなりました。経済制裁として欧米や日本の企業がかなり撤退して、クーデター後、失業者が160万人増加という数字も出ています。

また、これもクーデターの影響ですが、通貨が暴落したので月給が7,000円程度になってしまったんです。
つまり、日本に来て職に就ければ、その時点で25〜30倍は稼げるということですよね。

その中でなぜ一番人気が日本なのかというと

 ● 在留資格がおりやすい
 ● 仏教に馴染みのある国で文化的に近い
 ● 独立の時に助けられた

ということでいいイメージを抱いている方が多い、といった理由が挙げられます。

ミャンマーの仏教聖地「バガン遺跡」

__今回のクーデターでさらに日本で働きたい人が増えたのですね。

北中:そうです。約4倍になりました。大学を出たのに仕事がないという方も多いです。

 
__優秀な方も多く日本にいらっしゃるということですね。技人国の導入も考えていらっしゃいますか?

北中:はい、まさに技人国も特定技能もいずれ始めたいと考えています。大学卒の方には技人国の在留資格がおりますから、そういった方に職を紹介したいという思いはあります。

すぐにできないのは、今技能実習生だけでも多くの希望者がいて、面接などがかなり忙しいためです。

それから、「日本に来たがっている方からお金を騙し取る」という詐欺まがいの送り出し機関が本当に多いんです…
我々がやらないと騙される人がたくさんいる。日本の企業からしても、きちんとした事業を行なっているところかどうか見分けるのは簡単ではないので、我々がやらなければと思っています。

 
__送り出しが決まった方に対してはどのような研修をなさっていますか?

北中:日本語教育を、介護職種であれば10ヶ月、それ以外は5ヶ月間おこないます。介護職種の方はN3、それ以外の職種でもほとんどの方はN4レベルになります。このあたりも送り出し機関としては最高レベルではないでしょうか。

それ以外にも性教育であったり、保護者に日本を理解してもらうための説明も行っています。ミャンマーでは親や先生の言うことをきちんと聞くという文化が強いので、保護者の方にも日本を知っていただくことで、例えば「もっと稼げるよ」といった甘い誘いに対する注意を促してもらうことができます。日本語教育でも担任制を取っているので、その点でも本人が変な方向に行きづらいようになっています。本人が日本に来て不幸にならないためのプログラムを考えて実施しています

 
__ミャンマーに特化されているからこそ、その国の文化にあった教育が可能になるということですね。

 


__ミャンマーの送り出し機関No. 1ということですが、その秘訣や理由もそういったところにあるのでしょうか。

北中:これまではベトナムが優勢だったので、我々も無名でした。なので、とにかく質を上げる必要があったんですね。先ほども申し上げたように、とにかく悪質な送り出し機関がゴロゴロあります。例えば、接待をしたりだとか、人材集めにブローカーを使ったりといったことですね。こういったことは今では違法扱いになっていますが、それ以前から弊社では一切そういうことはやらずに努力してきました。

悲しいことに、中には「現地視察」と称した過度な接待を受けることが真の目的になってしまっているような企業もありました。そういった企業との取引は丁重にお断りさせていただく。

もちろん事業を営んでいる以上、それで売上機会の損失になっていないといえばウソになりますが、弊社は信念のほうを優先して大事にしてきました。

なので、クリーンな仕事をしていたら選ばれるようになったというように自負しています。

また、弊社は本人負担金額がミャンマーで一番少ないんです。なので自然に人が集まってきますし、そういった評判はすぐにSNSで広まりますから、人が人を呼ぶという感じですね。

 
__真面目に取り組んでいらっしゃることが業績になっていらっしゃるんですね。ミャンマーには送り出し機関がどれくらいあるのでしょうか。

北中:事業の許可をとっている団体は200社くらいあると思いますが、実際に送り出しをやっているのは20社くらいでしょうか。その中で質の良いサービスをしている機関はさらに限られますね。

 
__受け入れ国である日本も外国人を迎える上での問題、課題を多く抱えていると思いますが、そういった課題にはどのようなアプローチができるでしょうか。

北中:法整備が追いついていないことですよね。日本はもう外国人の助けなしではやっていけないのに、いまだに外国人が来ることに対して後ろ向きな気持ちを持っている人がたくさんいるんですよね。それが国としての問題ですね。

送り出し機関や仲介会社の中にも金儲けのためにやっているというところがまだまだあるので、そういったところの意識も変えていかなければいけないと思います。

 
__最後に、今後の展望をお教えいただけますか?

北中:私たちがやっていることはミャンマーと日本、両国のためになるという確信を持って事業を推進しています。日本に来たいミャンマーの方をなるべく多くお手伝いすることで、社会にも貢献できるのではないかと思っています。

 
__本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

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